大阪地方裁判所 昭和59年(レ)177号 判決 1986年1月14日
控訴人(本訴原告及び反訴被告)
岩田誠
被控訴人(本訴被告及び反訴原告)
酒井四郎
主文
原判決を次のとおり変更する。
一1 被控訴人は、控訴人に対し、六万一五二一円及びこれに対する昭和五八年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二1 控訴人は、被控訴人に対し、二六万五六九九円及びこれに対する昭和五八年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴、反訴及び第一、二審を通じて、これを十分し、その八を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
四 この判決は、第一項1及び第二項1に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、四四万三三〇〇円及びこれに対する昭和五八年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は、本訴、反訴及び第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
5 第2項につき仮執行宣言。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 訴訟費用は、控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
(本訴関係)
一 請求原因
1 事故の発生
控訴人(本訴原告及び反訴被告、以下「控訴人」という。)は、昭和五八年六月一〇日午後七時三〇分ころ、普通乗用自動車(泉五七む四〇八四号、以下「控訴人車」という。)を運転して、愛知県岡崎市鴨田南町一番地先の南北に通じる道路(以下「南北道路」という。)を北進し、同所において右道路と東西に通じる道路(以下「東西道路」という。)がほぼ直角に交わる交差点(以下「本件交差点」という。)を更に北に向かつて直進すべく同交差点に進入したが、その際、被控訴人(本訴被告及び反訴原告、以下「被控訴人」という。)は、普通乗用自動車(三河五七や一九〇四号、以下「被控訴人車」という。)を運転して、東西道路上を西から東進してきて本件交差点内に真つ直ぐに進入し、同交差点内において、被控訴人車の前部を、控訴人車の左後部に衝突させて控訴人車を破損させた(以下「本件事故」という。)
2 被控訴人の責任
被控訴人は、東西道路を東進して本件交差点の手前約三五・六メートルの地点に至つた際、本件交差点の南詰付近の南北道路上に、控訴人車が交差点に進入する態勢で一時停止しているのを発見したものであるが、このような場合、東西道路上を本件交差点に向かつて進行してくる自動車の運転者としては、両車の距離から考えて、右一時停止車が自車より先に本件交差点を通過しようとして直ちに発進し、交差点内に進入してくることも十分に予想されるのであるから、控訴人車の動静に十分注目し、これがいつ発進して交差点内に進入してきても衝突が避けられるよう減速して進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、控訴人車がそのまま被控訴人車の通過を待つていてくれるものと速断して、控訴人車の動静に注目せず、減速もしないまま制限時速四〇キロメートルを超える時速約六〇キロメートルの速度で進行した過失により、本件事故を惹起させたものであるから、被控訴人は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する義務がある。
3 控訴人の損害
(一) 控訴人車の車両損害 二二万円
本件事故により、控訴人は、その所有にかかる控訴人車の左後部を破損されたものであつて、その修理に要する費用は二二万円である。
(二) 控訴人車の修理中の代車費用 一四万三三〇〇円
控訴人車の修理には約二週間を要するので、その間同種の車両を代車として賃借せざるをえず、その賃借料として一四万三三〇〇円の支払を余儀なくされることとなつた。
(三) 慰藉料 八万円
控訴人車が被控訴人車に衝突されたことによつて控訴人の被つた精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料の額としては、八万円が相当である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実(事故の発生)は認める。
2 同2の事実(被控訴人の責任)中、控訴人車がそのまま被控訴人車の通過を待つていてくれるものと考えて本件交差点を通過しようとしたことは認めるが、その余は否認する。被控訴人は、控訴人車の前照灯の光が本件交差点に近づいてくるのを見ただけで、控訴人車が本件交差点直前で一時停止したことは知らないし、そのことを見たこともない。
なお、本件交差点付近の東西道路の中央部には実線をもつて表示された中央線が設けられていたので、東西道路は道路交通法上の優先道路に該当し、南北道路上を通行する控訴人としては、東西道路上を通行する被控訴人車の通行を妨害してはならない義務を負つていたものである(同法三六条二項)。もつとも、右東西道路上に表示された実線は白色ではなく黄色の色彩のものであつて、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止(以下「追越禁止」という。)を表示する道路標示(昭和三五年総理府建設省令第三号「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」別表第六、一〇二、二〇五参照)にすぎないもののごとくであるが、右黄色の実線は、中央線の真上に設置された追越禁止を表示する道路標示(昭和四七年五月二四日警察庁丙規発第一五号警察庁交通局長通達「道路標識等の設置及び管理に関する基準の改正について」第四章第九参照)であるから、右実線が白色でなくて黄色であるからといつて、それが中央線であることの妨げとなるものでないことは明らかである。したがつて、被控訴人が、控訴人車が自車の通過を待つものと考え、減速しないで走行したことには何らの過失もないというべく、本件事故は、右通行妨害禁止義務に違反した控訴人の一方的過失によつて惹起されたものというべきである。
仮に、被控訴人に何らかの過失があるとしても、控訴人の右の過失は、損害額の算定について斟酌されるべきものである。
3 同3の事実(控訴人の損害)は知らない。
三 右優先道路及び過失相殺の主張に対する控訴人の認否
本件交差点付近の東西道路の中央部あたりに黄色の実線が引かれていることは認めるが、その黄色の実線が中央線の真上に引かれたものであるとの点は否認する。
仮に、右黄色の実線が既に存在していた白色の中央線の真上に引かれたものであるとするならば、その実線は、視覚的に白線でなくなつたことにより中央線としての意味を失つたものというべきである。すなわち、既に黄色の実線をもつて追越禁止の道路標示が設けられている道路については、新たに中央線は設置しないものとされている(前記通達第四章第三〇参照)ところ、右の場合に中央線としての機能が失われないものとすれば、外見上同じ黄色の実線でありながら、同時に中央線をも表示するもの(優先道路)とそうでないもの(非優先道路)との二種類のものが存在しうることになるが、道路標示による通行方法等の規制は、その性質上明確であることが要請され、道路利用者が一見して明らかなように表示されなければならないものであるから、右のような状態が存在することになれば、道路標示の外見のみに頼つて道路を通行する運転者に甚しい混乱を生ぜしめることとなつてきわめて不都合である。したがつて、白色の中央線の真上に追越禁止を表示する黄色の実線が引かれれば、それによつて右実線が中央線としての意味を失うにいたることは明白というべきである。
そうすると、右の実線は、単なる追越禁止を表示する道路標示であるにすぎず、中央線を表示するものではないから、東西道路が優先道路であるということはできず、したがつて、控訴人車に被控訴人主張のような通行妨害禁止義務及びその違反がないことも明らかである。
(反訴関係)
四 請求原因
1 事故の発生
本件事故により被控訴人車も破損した。
2 控訴人の責任
被控訴人の走行する東西道路が控訴人の走行する道路に対する関係で優先道路にあたり、控訴人が被控訴人車の通行を妨害しないように自車を運転し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負つていたことは前記のとおりであるところ、控訴人は、被控訴人車が近接した地点から本件交差点に向かつて進行してくるのを認識しながら、その程度の間隔があれば自車が先に本件交差点を通過することができるものと軽信し、被控訴人車を先に通過させることなく交差点内に進入した過失により本件事故を惹起させたものであるから民法七〇九条により、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する義務がある。
3 被控訴人の損害
被控訴人車の車両損害 三七万九五七〇円
本件事故により、被控訴人は、その所有にかかる被控訴人車を破損されたものであつて、その修理に要する費用は三七万九五七〇円である。
五 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実(事故の発生)は認める。
2 同2の事実(控訴人の責任)中、控訴人が、被控訴人車が本件交差点に向かつて走行してくるのを認めながら自車が同車より先に本件交差点を通過することができるものと考えて交差点内に進入したことは認めるが、その余は否認する。
本件東西道路が道路交通法三六条二項にいう優先道路の要件を充たさず、南北道路に対して優先道路の関係にあるとはいえないことは前記のとおりであるから、本件事故は被控訴人の一方的過失によつて惹起されたもので控訴人には何ら責任はないというべきである。
3 同3の事実(被控訴人の損害)は知らない。
六 抗弁(過失相殺)
仮に、控訴人に何らかの過失があるとしても、前記一2のとおり、本件事故の発生については被控訴人にも過失があるから、損害額の算定についてこの過失が斟酌されるべきである。
七 抗弁に対する認否
右抗弁事実は否認する。
八 控訴人の不服申立
以上の控訴人の主張によれば、被控訴人に対し本件損害賠償として四四万三三〇〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五八年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた控訴人の本訴請求を棄却するとともに、控訴人に対し前記損害賠償として三七万九五七〇円及びこれに対する前同日から同率の割合による遅延損害金の支払を求めた被控訴人の反訴請求を全部認容した原判決は不当であるから、原判決を全部取り消した上、控訴人の本訴請求を認容するとともに被控訴人の反訴請求を棄却することを求めるため本件訴訟に及んだ。
第三証拠
本件記録中の原審及び当審の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 本件事故の発生
本訴及び反訴請求原因各1の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。
二 被控訴人及び控訴人の責任
1 被控訴人の責任(本訴関係)
控訴人は、本件事故は被控訴人の過失によつて生じたものであると主張するので、まずこの点について検討するに、被控訴人において控訴人車が被控訴人車の通過を待つていてくれるものと考えて本件交差点を通過しようとしたことは当事者間に争いのないところ、成立に争いのない甲第二号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証、検乙第一ないし第三号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果、原審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
(一) 本件事故発生現場である本件交差点は、愛知県岡崎市鴨田南町一番地先にあり、いずれも最高時速が四〇キロメートルに制限されている南北に通じる幅員約八メートルの道路(南北道路)と、東西に通じる幅員約八メートルの道路(東西道路)とがほぼ直角に交わる信号機等による交通整理の行われていない交差点である。本件事故当時、南北道路の北行き車線の本件交差点南側入口には、一時停止を示す道路標識と、「止マレ」と書かれた道路標示及び一時停止線とがそれぞれ存在した。
(二) 控訴人は、南北道路を北進して本件交差点に至り、一時停止の道路標識及び道路標示に従つて右道路標識よりやや交差点寄りに一時停止したうえ、東西道路上の車両等の通行状況を確めたところ、東西道路の左方(交差点の西方)約三五、六メートルの地点に被控訴人車が本件交差点に向かつて進行してくるのを発見したが、この程度の距離があれば控訴人車の方が先に交差点内を通過することができるものと考えて直ちに発進し、交差点内に進入した。
(三) 他方、被控訴人は、南北道路の西側約五〇メートルに位置し、東西道路とほぼ直角に交差している国道二四八号線を横切つて東西道路を東進してきたところ、本件交差点の手前約三五、六メートル付近まで進行してきた所で控訴人車が前記のとおり交差点に進入する態勢で一時停止しているのを発見したが、被控訴人車が本件交差点を通過するまで控訴人車がそのまま停止して待つていてくれるものと思い、時速約三五キロメートルから時速約四〇キロメートルへと加速するとともに、南北道路を北側から本件交差点に向かつて進行してくる車両の有無等東西道路左側の状況を確認すべく視線をその方向に向けながら進行した。ところが、予想に反して、前記のとおり控訴人車が発進して本件交差点内に進入してきたため、交差点手前約一〇メートル付近でそれに気付いて急制動をかけたが間に合わず、自車前部を控訴人車の左後部に衝突させた。
以上の認定事実によれば、被控訴人は、本件交差点の手前約三五、六メートル付近で、南北道路上に控訴人が交差点に進入する態勢で一時停止しているのを発見したものであるが、このような場合、東西道路上を本件交差点に向かつて進行してくる自動車の運転者としては、両車間の距離及び交差点内での控訴人の通過すべき距離(東西道路の幅員に相当)から考えて、右一時停止車が被控訴人車の通過を待たずに先に交差点を通過しようとして直ちに発進し、交差点内に進入してくることも十分予想されるところであるから、控訴人車の動静に注目し、これが先に通過しようとしていつ発進してきても衝突が避けられるよう減速して進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたというべきである。しかるに、被控訴人は、これを怠り、控訴人車が被控訴人車の通過を待つていてくれるものと速断して減速しなかつたばかりか速度を時速約三五キロメートルから約四〇キロメートルに加速し、しかも左側に気を取られて控訴人車の動静に注目していなかつた過失により本件事故を惹起させたものであるから、本件事故によつて控訴人に生じた後記損害を賠償する義務があるというべきである。
なお、以上の点につき、被控訴人は、東西道路は南北道路に対し、道路交通法三六条二項にいわゆる優先道路(以下単に「優先道路」という。)の関係にあり、控訴人車には被控訴人車の進行妨害をしてはならない義務があつたものであるから、被控訴人としては控訴人車が直ちに発進してくるものとは予想することができず、また、被控訴人車の通過を待つていてくれるものと考えるのが当然であるから、減速措置をとらなかつたからといつて何らの過失もないと主張するが、この主張を採用することはできない。その理由は次のとおりである。
まず、東西道路が優先道路に当たるかどうかについて考えるに、道路交通法三六条二項によれば、交通整理の行われていない交差点において道路標識等によつて中央線が設けられている道路は優先道路であるとされ、交差道路を通行する車両等は優先道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならないものと定められ、また前記「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」別表第六(二〇五)によれば、右中央線は白色の実線等で表示すべきものと定められているところ、本件東西道路の中央部に白色の実線が引かれておらず、引かれているのは黄色の実線のみであることについては当事者間に争いがなく、かつ、右別表第六(一〇二)によれば、黄色の実線は追越禁止を表示する道路標示であることが認められるのであつて、この点からすると、東西道路には中央線は設けられておらず、設けられているのは追越禁止の道路標示のみであるといわざるをえないかのごとくである。しかしながら、前記「道路標識等の設置および管理に関する基準の改正について」第四章第九によれば、道路標示によつて道路の両側を通行する車両に対して、追越のため右側部分にはみ出して通行することを禁止する場合は、中央線が二本の実線又はチヤツターバー等で設置されているときを除き、原則として、中央線の真上に黄色の追越禁止の道路標示を設置するものとされているところ、成立に争いのない乙第二号証の一によれば、本件交差点内を含む東西道路に表示された黄色の実線は、右通達に基づき、中央線の真上に追越禁止を表示する道路標示を設置するために引かれたものであることが認められるのであつて、この点からすれば、右黄色の実線は追越禁止を表示する道路標示であると同時に中央線を表示する道路標示でもあるとみるのが相当であるから、東西道路は優先道路に当たるものといわなければならない。もつとも、中央線が設けられている道路においては、車両は原則としてその左側を通行しなければならないが、例外的に追越の際にもその右側部分にはみ出して通行することが許される場合がある(道路交通法一七条四項、五項)のに対し、追越禁止の道路標示が設置されている道路においては、追越のために右側部分にはみ出して通行することは一切許されないのであるから、中央線の真上に追越禁止を表示する道路標示が設置された場合には、例外的にもせよ追越の際に右側部分にはみ出して通行することが許されなくなる結果、その限度で右道路標示は中央線としての意味を失うことになるといわざるをえないけれども、それだからといつて、その道路標示の設置によつて当該道路が優先道路とされたことまでが無に帰するものと解することはとうていできないから、東西道路が、優先道路であることに何ら変わりはないというべきである。
そうすると、本件交差点においては、控訴人は、東西道路を通行する被控訴人車の進行妨害をしてはならない道路交通法上の義務を負つていたものといわなければならないけれども、そのことから直ちに、控訴人車が発進して交差点内に進入してくることを予測することができず、また、被控訴人車の通過を待つていてくれるものと考えるのが当然であるとすることはできないのであつて、東西道路が優先道路であることをも含めて、車両間の距離、交差点内での控訴人の通過すべき距離(東西道路の幅員に相当)、被控訴人車の速度その他当該現場での具体的状況の下において右のように予測することが不能であつたかどうか、また、被控訴人車の通過を待つていてくれるものと期待することが無理からぬことであつたか否かを判断しなければならないというべきところ、前記1の(一)ないし(三)において認定した事実関係からすれば、東西道路が優先道路であることを前提としてもなお、控訴人車が被控訴人車の通過を待たずに先に交差点を通過しようとして直ちに発進し、交差点内に進入してくることを予測することができたものといわざるをえないから、結局、被控訴人には前記のごとき注意義務があり、これに違反した過失があつたものといわなければならない。
2 控訴人の責任(反訴関係)
東西道路が優先道路であることは前記のとおりであり、また、前記認定によれば、控訴人が交差道路である南北道路を走行してきて本件交差点南側手前で一時停止をし、東西道路上を被控訴人車が本件交差点に向かつて進行してくるのを発見した際、同車は時速三五ないし四〇キロメートルの速度で同交差点の手前約三五、六メートルあたりまで接近してきていたのであるから、控訴人としては、被控訴人車の進行を妨害しないように同車が交差点を通過するのを待つて交差点内に進入し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきである。しかるに、控訴人は、これを怠り、自車が被控訴人車より先に交差点を通過できるものと速断し、被控訴人車の通過を待たないで直ちに自車を発進させ交差点内に進入したため本件事故が惹起するにいたつたものであるから、控訴人は、民法七〇九条により、本件事故によつて被控訴人の被つた後記損害を賠償すべき義務を負うものである。
三 損害
1 控訴人の損害
(一) 控訴人車の車両損害 二〇万五〇七〇円
原審及び当審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一並びに右各本人尋問の結果によれば、本件事故によつて破損した控訴人車の修理のために要する費用は二〇万五〇七〇円であることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
(二) 控訴人車の修理中の代車費用 認められない。
原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件事故後実際には控訴人車を修理に出さず、したがつて現実に代車を使用する必要が生じることもないまま昭和五八年九月ないし一〇月ころまで控訴人車を破損した状態のままで使用した後、他車に買い替えたこと、その際、控訴人車を下取りに出したことがそれぞれ認められるので、結局、控訴人がその主張のような代車費用を支出したことはなかつたものというべきである。
(三) 慰藉料 認められない。
本件事故により控訴人車の所有権が侵害されたことは前記のとおりであるが、控訴人の身体等人格的利益が害されたことについては何ら控訴人の立証しないところである。そうすると、右のような財産権の侵害によつて仮に控訴人に何らかの精神的苦痛もしくは損害が生じたものとしても、他に特段の事情の認められない本件においては、右財産権の侵害による財産的損害が填補されれば、精神的苦痛・損害も同時に慰藉され填補されることになるとみるのが相当であるから、控訴人にその主張のような慰藉料を認めることはできない。
2 被控訴人の損害
被控訴人車の車両損害 三七万九五七〇円
原審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし三及び右被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件事故によつて破損された被控訴人車を修理業者に修理させ、その修理費として三七万九五七〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
四 過失相殺
前記二1、2において認定・説示したとおり、本件事故の発生については、控訴人、被控訴人の双方に過失が認められ、これが競合して本件事故が発生したものであるところ、両者の過失割合は、本件事故の態様、双方の過失の内容・程度等諸般の事情に鑑み、控訴人七に対して被控訴人三とするのが相当である。そうすると、過失相殺により、控訴人については、その損害の二〇万五〇七〇円の七割を、被控訴人については、その損害の三七万九五七〇円の三割を、それぞれ減ずるのが相当であるから、結局、被控訴人の賠償すべき損害の額は、六万一五二一円、控訴人の賠償すべき損害の額は、二六万五六九九円となる。
五 以上によれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し、六万一五二一円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五八年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当であり、また、被控訴人の反訴請求は、控訴人に対し、二六万五六九九円及びこれに対する前同日から同率の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当であつて、これと異なる原判決はその限度で不当であるから民訴法三八六条によりこれを右のとおり変更することとし、右の限度で本訴及び反訴請求を認容し、その余の本訴及び反訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原弘道 加藤新太郎 浜秀樹)